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コンセプトは「仮装」と「おもてなし」。人間が動物に扮するのではなく、動物“が”人間“に”扮しています。
―――それは、さておき。
以下にて。
すばる11月号について、少し。
………楊令伝を読むのが、最近どんどん辛くなってきているのです。
出てくる新キャラのほとんどは、溜息をつきたくなるタイプばかり。第一世代は次々に老いて、姿を消していきますし……。
祭の終了、と。
そんな感じが凄くしていました。
………楊令の率いる梁山泊の隊商を、あの阿骨打の息子が襲って、懸命に民のために働こうとしている楊令に対して、「金儲けにしか興味がないのか」なんて罵って。……そのシーンが、あの、水滸伝一巻の史進の力の有り余った盲目的な“正義”を命がけで批判した朱武・陳達・楊春三兄弟の対決シーンと重ね合わされているのが、悔しくて。
おまけにその後、その息子が暴走の責めを負わされて北へ流されたことに対して、「大したことでもないのに厳しすぎる」なんて、阿骨打の他の息子が言っていて。
……金の兵士も梁山泊の人間も、いったい何人死んだと思っているの!?
と、いつの間にかすっかり王族になり切っている阿骨打の血族に、苦々しさを感じてしまいつつも……でも、それはそれで当然、むしろ、そうでない方がおかしい、とも思えてしまいまして。
少数の仲間と共に、喘ぎつつ強大な敵と戦っていた頃と。
大きな勢力の、指導者の立場に立ってしまった現在と。
視点も行動も、変わるのが当然。
大局的な視野を持ちそれに基づいて行動すれば、逆に個々の細かな人の心情や立場を時に踏みにじることになるのは必然でしょう。
かつての梁山泊の頭領たちも、そうでした。
晁蓋はそういう立場を嫌っていて、そこを逆に批判されたりもしていましたが、宋江や呉用、柴進、盧俊義たちは、ちっぽけな人の思いを粉砕して進む非情さを持っていたと思います。
だから、それはそれでいい……の、ですが。
でも、……仕方がないこととはいえ、「仕方ない」と思えてしまうことにこそ「祭事の終焉」が感じられる世界、やはり淋しかったのです。
ですが、11月号。
とうとう、やっと終われるのですね。
お疲れさま……と云いたい、終わりが。
―――耶律休哥軍の、終焉。
簫珪材の、部下達に対する最後の責任を果たした末の退役というのは、あの白き狼、耶律休哥の下に集った“耶律休哥軍”の最後だと思うのです。
宋の楊家軍は、遼と宋の間の戦乱が一段落し、宋が完全に文人の国へと化していったときに消滅しました。もう精強なる独立軍は要らない、と。
でも、遼の“耶律休哥軍”は……関わっていたのが遼の皇族を娶った楊四郎であったこと、遼が宋よりも武に重きを置く国であったことから、完全に消えることが出来なかった、のですよね。敬されて、でも遠ざけられながら、長く長く在り続けて。
不自然なまま永々と受け継がれてきた、耶律休哥以来の伝統の重み。
生まれたときから否応なくそれを負わされてきた簫珪材が、やっと自由になれる。
……お疲れさまでした、と云いたいです。
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