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徒然種々
思いつくままに。

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つづき。


 「onion plus」のsaki 様の設定をお借りしました連載の続きを、折り返し以下にUPしました。
  ……実は、いちおう連載です。
 
 話というより、勝手な妄想を延々と語っているだけ…という感じですが(汗。
 
 
 
 
 
 

 
 


 
 
 
 
 
 後宮の女というものを、彼は漠然と、悪夢の如き存在と想像していた。
 
 贅沢な絹に埋もれ、紅白粉や高価な練り香の匂いを芬々と、息詰まるほど強く漂わせ、男の慾に仕えながら日々を下らぬ遊興と見栄に費やす。 
 時に表の政事や軍事にまで要らぬくちを差し挟んで、身贔屓とその時任せの感情で国を誤らせる。
 
 
 まるで盛夏、爛熟して乱れ咲く花々の如くに。
 外側の皮膜一枚ばかりは美しい―――そんな、骨の無い水分と脂肪の化物たち。
 
 
 ―――だから初めてその女(ひと)を見たとき、後宮のひとだとは思わなかったぐらいだ。
 
 
 動きやすい、簡素な身形をしていた。
 別に男装していた訳ではない、一応は髪を結って飾りもつけて……被衣の下に覗く貌は淡やかな薄化粧だったが、良く見れば、ハッと思わず息を呑むほどに美しい。挙措は極力虚飾を排したもので、それでいて流れるように端正だった。
 
 後宮の童貫だと知らされて、驚くと同時に納得もした。
 
 彼女はきびきびと動いて、畢勝の率いる部隊に兵糧と医薬品の手当てをしていった。武具類も指図して運び込む。
 
 ……戦場ではもっとも必要な品々なのに、管理する役人や御用達の商人たちが矢鱈と横流しや着服を繰り返し、前線には粗悪な品が申し訳程度にしか届けられない。 
 やりづらくて仕方がない、それが宋の当たり前の戦場だったが―――彼女が来ると、最初の一度も含め、何時も状況が一変した。
 
 兵糧でも何でも、戦に最も必要なものが最も必要な場所へ、見計らったように巧みに届けられる。
 ありがたいと畢勝は心底思ったし、女妖どもが棲むと云われる後宮にもこんな人がいたのかと、眼を啓かれた気がした。 
 日頃から、彼女は―――皇后や妃が名目上の主をしている……かつては金持ちや高級役人たちしか利用出来なかったが、今はそれこそ状況が多いに改善されている……施療院において、実質、後宮からの全ての援助を按配して働いているのだ、と。
 老母が施療院で世話になったという、部下のくちから聞かされてからは、感謝の思いは尊敬という形さえ取るようになった。
 
 さほど目立たないが、清楚な美貌の持ち主。
 
 後宮に住まう……帝の思われ人で、そのせいか態度や振る舞いには少し冷やかな、鋭く磨ぎ澄まされたような感がある。あるが、しかし仕事ぶりは何処までも真摯で速やか。真の前線の手前までとはいえ、戦場を動いて怯まぬだけの覚悟が坐っており、そして賢明そのもの。
 
 ―――兵士たちも、彼女をほとんど女神のように崇拝していた。
 
 彼女には実家の後ろ盾がなく、そのせいか後宮においても、女としての地位など無いに等しい身の上。帝寵愛の女性というより、どちらかというと気まぐれに愛でられる隷属者の立場に近いのだろう、と。
 畢勝は薄々察していたが、しかしその推測は尊敬の念に些かの傷もつけるものではなかった。それを知らない兵士たちにしろ、知ったところでまるで気にかけなかっただろう。
 
 人から、人へと向けた純粋な敬意。
 
 それが、男から女に向けた傾慕……いや、恋慕の情に変わったのは、畢勝が彼女を“戦場”で見たときだった。
 彼女の引率してきた輜重隊が、奇襲の軍に襲われたのだ。遼の騎馬隊が本隊同士の戦闘の背後に廻りこんで、砦とも街とも云えない、小さな補給拠点を襲った。
 
 この時、畢勝は総指揮官ではなかった。
 
 名門出身の名ばかり軍人が名目上、総大将の位置にいた。あくまで名前ばかりの総大将で、実際にその任に就く力は無い。それなのに、彼は何かと分かったように要らぬくちを挟んでくる。
 副将である畢勝は、絶えずうんざりさせられた。かといって、面と向かって逆らう愚直を演じる気にはなれない。程ほどに守をしつつ、何とか決定的な敗北を蒙らぬよう繕いに奔走する―――そんな、有様だったのだが。
 
 しかし、拠点からの救援要請を受けた瞬間、畢勝は姑息な計算も配慮もかなぐり捨てて、割り裂いた一隊を率いて奔った。 
 兵糧を絶たれれば致命的、後背に敵を受ければ総崩れ必至―――更に、今は其処に彼女がいると、知っていたから。
 
 彼女は、有能だ。
 しかし、男では―――軍人では、ない。
 
 それを、敗色濃い戦場の只中へ周囲にろくな兵力もないまま、放り出すことなど出来ない。仮に捕虜にでもされてしまえば、敵兵の手でどんな惨いめに遭わされることになるか。
 もちろん輜重隊には輜重隊として一応の戦力があるし、拠点を守るための守備隊もいないではない。
 それでも、剽悍な遼の騎馬隊を防ぐ力は無いはずだった。だいたい、指揮官がいない。実戦を知らない名門軍人は、背後の領域を確保済みの完全なる安全地域と決め付けていた。
 
 戦況の報告、それに対応する処置だけは、何をどう疎まれようと、自分の手で全て確実に行うべきだった……。
 
 湧き上がる悔いに胸を苛まれつつ、畢勝は麾下と共に駆けた。
 
 
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