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徒然種々
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水滸伝の。

 北方水滸伝の話、ということで。
 あの、「onion plus」のsaki 様からお借りした設定で、女性版童貫様の話の、続きです。
 この童貫様は、男の“童貫元帥”とは微妙に異なる人物…のつもりで書いています。―――いえ、もう早々に梁山泊に加わっている時点で、かなり違う人物、なのかもしれませんが!
 
 えと、董万の、双頭山攻略戦の辺りです!
 
 
 

 
 
 
 



 
 
 ―――戦場では、物事は必ず決まった通りに動くというものではない。
 
 
 己自身のこの言葉を、童貫は改めて戦場で思い返すことになった。
 
 北京大名府に入っていた流通の担当者から、離れた場所で輸送する兵糧を受け取った。
 その時、
 
「……?」
  
 交わした会話の中で、ふと違和感を感じた。
 暫く、いったい自分が何を感じていたのか、何を奇妙と感じたのか、童貫自身もはっきりとは判別できなかったのだが……。
 
 しかし、何かおかしい。
 
「………」
  
 
 ……いったい、何が?
 
 
「………」
 
 ひっそりと、考え込む。
 童貫の脳裏で閃光が弾けたのは、いい加減長く輸送を続けた後のこと。
 その間考え続けて、そして気づいた。
 
「っ!?」
 
 ハッとして、眼を見開く。
 まさか、と。浮かんだ考えを咄嗟に脳内で精査し―――そして、確信を抱いた。
 
「……ッ!!」
 
 肉付き薄く、ほそい。
 童貫の肩から、その瞬間烈しく音を立てて火花が飛び散った。
 帯電した空気―――その凄愴な眼差しに、周囲の兵士が気圧され、思わず一歩、二歩と退く。
 
「………」
 
 童貫は、それに気を向ける余裕など持たなかった。
 ひゅ、と吸い込む息に鋭く喉を鳴らし、次の瞬間、低く命じる。
 
「―――荷駄を捨てろ」
「…は?」
「各自、己のくちを養う二食分の兵糧を持て。それ以上のものは、この場にて放棄する」
「そ、そんな!? この兵糧を得るために―――」
「騎乗ッ!」
 
 歩兵は駆けろと、有無を言わさず畳み掛ける。
 童貫に、部隊の大多数の者は従うという意識もないまま、思わず従っていた。―――しかし、中には当然、突如わけの分からぬことを言い出した“女”に眉を顰める者もいた。
 
「正気ですか、そんな…。この兵糧一袋を集めるために、どれだけの者が尽力したと思っておられるのですか」
 
 敵に襲われた訳でもないのに、なぜいきなり兵糧を捨てねばならないのか。指揮官の気まぐれのせいで、貴重な物資を粗略に出来ないと訴える。
 男の貌を、童貫は真正面から見据えた。
 
「長駆するのに、余分の荷物は不用」
「長駆? この兵糧は梁山泊本隊に―――」
「当隊は、これより双頭山に向かう」
「はぁッ!?」
 
 
 本隊と対峙する敵軍の、微妙な気配。
 本格的な流花寨攻めを意図しているにしては、奇妙な軍配置。
 北京大名府の、軍編成の変化。人の移動。
 
 
 ―――双頭山!
 
 
 他の梁山泊の人間と比べ、童貫は宋軍人たちの気質を多少深く知っている。
 それと、この戦場に初めから色濃く漂う……次第次第に濃くなり勝る、気配としか言いようのない何かを掛け合わせると―――双頭山。
 
 幾つかの事実と理屈を、理性で積んで。
 そこから、言葉では説明できない感性によって一気に跳躍する。
 
 時の勝負、と。
 本能が訴えかける。びりびりと膚(はだ)が慄える。
 
 
「そんな…いきなり何を言っておられるのか! とても正気の所業ではありませんぞ!」
 
 しかし、男はあくまで食い下がる。事態を本隊、及び梁山泊上層部へ知らせる伝令を選ぼうと動きかける童貫の前を寨いで、更に指示への不服を言い立てた。納得のいく説明を受けるまでは到底動けぬと、眉根と口許に頑迷な線を刻んでいる。
 
「……納得がいかずとも、従え。軍においては、上に立つ者の指示を下が聞かねば何事もなせまい」
「あなたが上ですか?」
「当然だ。―――私はこの部隊の指揮官でもあるが、同時に、立場として聚義庁にも属する。率いる部隊の目標を検討し、据え直す権限がある」
「それは、ただ単に形がそうなっているというだけのことでしょう」
「…………」
 
 童貫は、沈黙した。
 あくまで従わぬ姿勢を示す男を前に、くちを噤み腕を組んで、僅かに眼を眇める。
 男は、童貫のその姿勢を、思い誤りを指摘されて言葉をなくしたゆえだと捉えたらしい。
  
「ともかく…!」
 
 まず貴方の指示を上に報告します、その上で貴方がこのまま部隊を指揮されるのか交替されるのかを決めて―――、と。
 滔々と滑らかに喋り続ける男のくちを、
 
「―――畢勝!」
 
 童貫は、途中で叩き切った。
 鋭く、低く、宋の後宮に居た頃からずっと付き合いのあった軍人(おとこ)の名を呼ばわる。
 
 畢勝―――彼は、童貫が梁山泊に連れられて来た後、自身も梁山泊に投降して、今は無理にも望んで同じ部隊にいる。 
 
「は…ッ!」 
 
 彼は、童貫を識(し)っていた。
 
 一指触れれば、蒼白い火花を弾く。
 凄惨なまでの気を漂わせ始めたとき、童貫が誰よりも“軍人”になっていることを既に宋軍時代、彼は実地で思い知っている。
 
 
 ―――抗命の咎を犯した男を、即座に斬り捨てた。
 
 
「……ッ!?」
 
 上体をほぼ両断されて、男は驚愕に眼を見開いたまま、その場に崩れて絶命した。 
 畢勝と同じ事実を知る元宋軍兵士や日頃の部下は当然のこととして処罰の様を眺める。知らない梁山泊の兵士たちも、場の空気の真摯を思い知らされ、慄然と身を引き締め直した。
 
 同時に、
 
「騎乗ッ!!」
 
 騎馬の無い者は死ぬ気で駆けろ、と。
 改めて童貫は叱咤した。状況を知らせる伝令兵を走らせ、荷駄を捨て、荷車を引いていた馬も頚木を放して騎馬へと変える。
 童貫自身、馬上に跳んだ。
 
「目標、双頭山。―――今は、駆けることが戦と思え!」
 
 この緊急時に最も迅速に着到しえる部隊―――それはこの、偶々輸送に動いていた隊である、と。
 頭蓋の裡に明確な地図を描きながら、童貫は部隊を率い奔り始めた。
 
 
 
  

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