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しばらく、何かがたがた物音をさせていた楊業は、
「すまん、待たせたな」
いい加減経ってから、トレイを片手に寝室に戻ってきた。
ほんわりと白い湯気を揺らすマグカップを、
「飲むといい」
休哥に差し出した。
無造作に、隣へやってきて腰を下ろす。
「楊業、待っていろというのは、いったい―――」
「温まるぞ」
「………」
「普段は自分で台所などせんから、少し時間がかかったがな」
飲むように、と楊業は再度休哥を促した。
もう今夜は何もしないからと、大きな左掌で幾度も幾度も、休哥の癖のある白い髪を撫で下ろす。
まるでむずかる幼子をなだめるような、あやすような楊業のその仕草と声音が気に入らなかったが、
「………」
休哥はとりあえず、おとなしくマグカップにくちをつけた。
中を満たした熱く白い液体をひとくち、啜った。
―――ホットミルク。
砂糖をたっぷり放り込んで、うんと甘くしてある。それに、香りづけのブランデー……代わりの、ウィスキーが少々。いや、バーボンだろうか?
ほんのりと淡くアルコールの香がして……そしてとにかく、舌が痺れそうなくらい甘い。
……馬鹿にしている。
「………」
なだめる手といいこの甘ったるいミルクといい、何だか完全な子供扱いといった印象で、休哥はちょっと苛立たないでもなかったが。
しかし、もともとコーヒーはブラックで飲むが、甘い物も決して嫌いではない……というか、むしろ積極的に好きだった。そんな自分の好みを楊業も憶えていたのだろうかと思えば、むきになって拒否する気にもなれない。
あの大きく、無骨な掌が不器用に砂糖をカップへ放り込むところを想像すると、僅かなおかしみさえ感じる。
「………」
熱い熱いミルクを、休哥はちょっとずつ啜った。
こく、こく、……こくん、と小さく喉を動かす。
「………」
最後、飽和状態で溶けきらない砂糖がざらっと舌に触るのを、そのまま絡めて飲み込んで。
休哥は、軽く息を吐いた。マグカップを包み込む手が暖かくて、冷えていた指先にもじわりと熱を移されているのが分かる。―――少しずつ、細かな慄えが納まってきて、それで初めて、ずっと緊張して肩を小さく震わせていた自分に気付いた。
ふわっ…と、全身の力が抜ける。
「………」
休哥の頭を、楊業が軽く叩いた。
「今夜は、泊まっていけ」
「………」
「な?」
「……ん」
何時もは泊めろと主張する休哥と、困った貌で帰れと言う楊業という図式が当たり前だった。
しかし、今夜は常とは反対になっていた。
「………」
どうして、そんな風になったのか。
どうして今夜に限って、帰らねばならぬと妙な義務感に駆られたのか、改めて考えてみると休哥自身にも良く分からない。
だから、
「…泊まる」
短く言って、頷いた。
楊業は、破顔する。
「うむ」
「………」
「明日の朝飯は俺が作ってやるからな。喰って帰れ」
「………」
拙かったら食べない、と。
言って、休哥はベッドに転がった。そのまま、眠る態勢に入る。
「ちょっと、待て」
楊業はそれを揺すり起こして、傷口の消毒だけ行った。―――傷の部位が部位だけに、そこら辺は気を使う。本当なら軟膏薬も塗ってやりたかったが、今夜は下手に刺激しない方がいいだろうと考え、見送った。
楊業の方も、背中にくっきりと紅く、血の滲み出すほど深く刻み込まれた爪痕を、休哥の手を借りて消毒しておいた。部位が部位だけに、自身の手ではやりにくい。
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